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名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)710号 判決

原告

音田弘

被告

大口昇

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告に対し金九八七万六、八二六円およびうち金九三七万六、八二六円に対する昭和四七年三月二三日から、うち金五〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  原告と被告らとの間に生じた訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とし、参加によつて生じた訴訟費用は補助参加人の負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金一、七〇七万一、五三三円およびうち金一、六〇七万一、五三三円に対する昭和四七年三月二三日から、うち金一〇〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和四七年三月二二日午前一一時項

(二) 場所 名古屋市守山区小幡字米野一〇二番地の五空地内

(三) 加害車 被告大口厚運転の普通貨物自動車

(四) 受傷者 原告

(五) 態様 被告大口厚が右空地内で加害車を後退進行中、加害車左側後部を空地西側に設置されていた作業用足場のひかえ支柱に衝突させ、その衝撃により足場のうえで作業中の原告を地上に転落させたもの。

2  被告らの責任

(一) 加害車は、大口建材の商号で建材業を営む被告大口昇の業務に従事中であつたから、同被告は、自賠法三条による責任がある。

(二) 被告大口厚は、加害車を前記空地内で後退させる際、加害車の後方に設置されている作業用足場のひかえ支柱に加害車を衝突もしくは接触させることによつて支柱を破損したりあるいはそれに振動を与えて足場のうえで作業中の者に危害を及ぼすことがないように、自ら下車して加害車と支柱との位置関係を見分してその安全を確認するか、あるいは付近に居合わせた者に後退の誘導を依頼して後方の安全を確認しながら徐々に後退して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り漫然後退した過失により本件事故を惹起した。したがつて同被告は民法七〇九条によつて損害賠償義務を免れない。

3  受傷、治療経過等

(一) 受傷

原告は右事故により第一一、第一二腰椎圧迫骨折の傷害を受けた。

(二) 治療経過等

原告は事故当日の昭和四七年三月二二日から大橋外科に入院し一年以上にわたつて治療を受けたが、両下肢の疼痛および背腰部の痛みを残したまま退院し、以後暫く同病院に通院していた。

4  損害額

(一) 治療費 合計 金一四三万七、〇〇六円

(1) 大橋外科分(但し、昭和四七年三月二二日から昭和四八年一月一六日まで) 一四三万一、六四六円

(2) 右病院を除く分 五、三六〇円

(二) 付添看護費 合計 金三五万一、八〇六円

(1) 家政婦の付添分(昭和四七年三月二四日から同年六月一五日まで) 二三万一、八〇六円

(2) 妻の付添分(昭和四七年三月二三日から同年七月二〇日まで) 一二万円

(三) 入院雑費 合計 金九万七、八〇〇円

(1) 昭和四七年三月二二日から同年九月二一日まで(一日三〇〇円の割合による一八三日分) 五万四、九〇〇円

(2) 昭和四七年九月二二日から昭和四八年三月二一日まで(一日二〇〇円の割合による一八三日分) 三万六、六〇〇円

(3) 昭和四八年三月二二日から同年五月二日まで(一日一五〇円の割合による四二日分) 六、三〇〇円

(四) 診断書代 金三、五〇〇円

(五) 休業損害、将来の逸失利益 合計 一、六七八万〇、八〇七円

(1) 原告は、スレート葺職人として昭和二七年項から浅野スレート・イワキスレート等に、昭和三四年からは株式会社大嶽名古屋支店に勤務していたが、昭和三九年に同会社から独立し、職人三ないし四名を雇つて同会社の専属的下請としてスレート葺工事を請負い、本件事故当時一か月平均一三万六七三三円の純益(一か月あたり三七万九、〇六六円の請負代金から従業員に対する賃金二一万七、三〇〇円ならびに必要経費として工事現場への通勤に使用する乗用車の燃料費一万円および右自動車の購入費道具代等一万五、〇〇〇円を控除したもの)を得ていたところ、本件事故により、事故当日の昭和四七年三月二二日から昭和四八年六月三〇日まで全く稼働することができず、その間二〇九万四、七四七円の収入を失つた。

(2) 原告は、前記のように大橋外科を退院後も、もとの健康体に回復しなかつたが、日時の経過によりある程度の行動もできるようになつたので、昭和四八年七月一日からもと勤めていた右株式会社大嶽名古屋支店のスレート倉庫の倉庫番として勤務し、月額平均四万一、〇五〇円の収入を得ることができるようになつたものの、事故前より一か月あたり九万五、六八三円の減収となつた。したがつて原告は昭和四八年七月一日から症状の固定した同年八月二八日までの間合計二一万五、九六六円の得べかりし利益を失つた。

(3) 原告は、症状固定後ももとのスレート葺職人として働くことができず、倉庫番として勤務するほかなく、右減収は原告の稼働しうる満六七才に達するまでの一八年間継続すると考えられるから、原告の右期間における減収の現価を算定すると一、四四七万〇、〇九四円となり、原告は右同額の損害を蒙つた。

(六) 慰藉料 金二〇〇万円

原告は、従来病気したこともなく、子供にこそ恵れないが、永年スレート葺職人としての経験をもとに前記のような高収入を得て不自由のない平穏な生活を送つてきたが、本件事故によつてもとの健康体に回復せず、退院後ももとの仕事ができなくなつた。これら原告の精神的苦痛に対する慰藉料は金二〇〇万円が相当である。

(七) 弁護士費用 金一〇〇万円

原告は、被告らが後記損害の填補分以外に支払をしないので、やむなく原告代理人に本訴提起を委任し報酬として金一〇〇万円を支払うことを約したが、これは本件事故による原告の損害として請求しうるものである。

(八) 損害の填補 合計 金四五九万九、三八六円

原告は自賠責保険金三〇〇万円(うち後遺症分二五〇万円)、国民健康保険金六四万九、八四〇円を受領したほか、被告らから昭和四八年一月一五日までに九四万九、五四六円の支払を受けた。

5  結論

よつて原告は被告ら各自に対し、本件事故に基づく損害の賠償として、前記(一)ないし(七)の損害合計二、一六七万〇、九一九円から損害の填補分四五九万九、三八六円を差引いた残額一、七〇七万一、五三三円およびこのうち弁護士費用を除く一、六〇七万一、五三三円に対する本件事故発生の翌日である昭和四七年三月二三日から、弁護士費用一〇〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

1  請求原因第1および第2項は認める。もつとも、被告大口厚は、補助参加人の誘導に基づいて後退したのであるから、本件事故の発生については補助参加人にも過失がある。

2  同第3項は不知。

3  同第4項中(一)ないし(七)は争う。同(八)は認める。

三  被告らおよび補助参加人の主張

1  被告らおよび補助参加人(過失相殺)

原告は、高い足場の上で危険な仕事をするのであるから、ヘルメツトや命綱を着用すべき注意義務があつたのに(労働安全衛生規則第二款第五六六条参照)、これを怠り安全対策を十分にとらなかつた点に過失がある。

2  被告ら(弁済)

被告らは原告に対し請求原因第3項(八)記載の損害の填補分以外に金三万二、八三〇円を支払つた。

3  補助参加人

被告らは本件事故の発生については補助参加人にも過失があつたと主張するが、本件事故は、被告大口厚が自動車運転者として自ら後方の安全を確認し、それができないときは助手など他人に確実に補助させる注意義務があるのにこれを怠り補助参加人が後退の誘導しているものと誤信して後退したことによつて発生したものであるから、同被告の一方的過失に基づくものである。補助参加人は、誘導の義務がないばかりか誘導を依頼されたり引受けたことはなく、また現実に誘導したこともない(なお、補助参加人は空地入口の鎖をはずした後は終始石を降ろす予定の場所に立つて両手を上に挙げていたが、これは石を降ろす場所を指定したにすぎず、誘導をしたものではない)。

四  被告らおよび補助参加人の主張に対する原告の主張

1  過失相殺の主張は否認する。原告がヘルメツトを着用していなかつたことは原告の受傷部位とは因果関係がない。また命綱について規定している労働安全衛生規則は事業主に対する規定であるから、数名の労働者の班長としての立場にあつた原告には適用されない。さらに右規則は、高さ二米以上の箇所で作業を行う場合墜落によつて労働者に対し危険を及ぼすおそれがあるとき、足場を組み立てる等の方法によつて作業床を設けることを課した規定であつて命綱を着用することを直接義務づけたものではない。したがつて原告には本件事故の発生につき過失はない。

2  弁済の主張は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第1項および第2項は当事者間に争いがない。

二  〔証拠略〕によると、原告は本件事故により、第一一、第一二胸椎および第二腰椎圧迫骨折、脊髄損傷、両下肢完全麻痺、左第七肋骨骨折、右第一中足骨骨折、腰臀部挫傷の傷害を蒙り、事故当日の昭和四七年三月二二日以降大橋病院に入院して手当を受けていたところ、入院時に完全に麻痺していた両下肢は入院一か月後に自動運動をするようになり、その後は理学療法による治療を受け、同年六月一五日以降ようやく歩行できるようになり症状が次第に好転してきたので、翌昭和四八年五月二日退院し、さらに引続き通院治療を受けていたが、同年八月二八日症状が固定し(同日までの通院実日数一二日)、その後も同年九月八日まで通院していたこと、右加療にもかかわらず後遺症として自賠法施行令二条別表の第一一級に該当する脊柱の変形ならびに第七級に該当する両下肢の知覚鈍麻による軽易労働以外の労務不能の後遺障害が残つたことが認められ、これに反する証拠はない。

三  そこで原告の損害額について検討する。

1  治療費 合計 金一七九万二、三四〇円

原告が事故当日の昭和四七年三月二二日以降大橋病院で治療を受けていたが、昭和四八年八月二八日症状が固定したのちも同年九月八日まで通院していたことは前記認定のとおりであるが、右治療期間のうち本件負傷に必要とされる治療は、事故当日から症状固定時までの間であつたと認められるので、その限度で原告は治療費を請求することができ、〔証拠略〕によると、同病院における事故当日から症状固定時までの治療費総額は一七八万六、九八〇円であることが認められる。〔証拠略〕によると、原告は当裁判所の中部労災病院に対する後遺症の程度の鑑定嘱託の際、鑑定費用以外に外来診察費用として五、三六〇円を支払つてこれを負担したことが認められ、右費用は訴訟追行のために支出した費用と異なり、本件事故と相当因果関係のある治療関係費として原告の損害と認めるのが相当である。

2  付添看護費 合計 金二三万一、八〇六円

〔証拠略〕によると、原告は前記入院期間中、両下肢麻痺のため、事故当日の昭和四七年三月二二日から同年六月一五日までの八六日間付添看護を要したこと、右期間を通じて原告の妻が付添つたほか、同年三月二四日から八四日間にわたつて職業的付添婦である坂口ヤエの付添看護を受け(入院当初は同人の付添看護は深夜にまで及んだ)、同人に対し八四日分の付添看護料として合計二三万一、八〇六円を支払つたことが認められる。〔証拠略〕のうち付添看護を同年六月一三日まで要したとある部分は、原告が歩行できるようになつた同月一五日まで付添看護を要したとみるのが相当であるから、採用しない。

ところで、原告は両下肢が麻痺していたとはいえ、その症状ならびに職業的付添婦が入院当初深夜に至るまで付添看護をしていた事実からすると、二人以上の付添を必要としたとは考えられず、妻の付添看護は職業的付添婦が付添うまでの二日間のみその必要性を認めることができる。したがつて本件事故と相当因果関係のある付添看護費としては、一日一、〇〇〇円の割合をもつて相当と認められる親族の付添費二日分二、〇〇〇円と職業的付添婦に対し支出した右二三万一、八〇六円の合計二三万三、八〇六円が原告の損害である。

3  入院雑費 金一〇万一、七五〇円

原告が四〇七日間入院したことは前記のとおりであり、右入院期間中一日二五〇円の割合による合計一〇万一、七五〇円の入院雑費を要したことは経験則上これを認めることができる。

4  診断書代

これを認めるに足りる証拠はない。

5  休業補償、将来の逸失利益 合計 金九二一万三、一四六円

(1)  〔証拠略〕によると、原告は雇人二、三名を使用して株式会社大嶽(セメントの販売およびスレート製品の販売施工を業とする)名古屋支店の専属のスレート葺職人として働いていたが、本件事故による負傷のため、事故当日の昭和四七年三月二二日から昭和四八年六月三〇日までの四六六日間にわたつて全く稼働することができなかつたこと、そして原告の本件事故前の三か月間の請負代金は月額平均三七万九、〇六六円であつたが、右収入を挙げるため一か月あたり雇人に対する賃金二一万七、三三三円の支払のほか、必要経費として現場送迎用の自動車の燃料費三万〇、五〇四円および原告の自認する自動車の購入費道具代等一万五、〇〇〇円を要することが認められ、〔証拠略〕のうち必要経費たる燃料費に関する部分は〔証拠略〕に照らし採用できない。以上に基づき、原告の一か月平均の純利益を計算すれば一一万六、二二九円となり、したがつて原告の右休業期間中の得べかりし利益は一八〇万五、四二三円となる。

(2)  〔証拠略〕によると、原告は本件事故による負傷ことに両下肢の知覚鈍麻により、もとのスレート葺職人として働くことができなくなつたが、少なくとも軽作業に従事できる程度に回復したので、昭和四八年七月一日以降右株式会社大嶽名古屋支店の倉庫番として働くようになり、症状の固定した同年八月二八日までの間に合計五万七、五〇〇円の収入を得ることができたことが認められる。本件事故に遭遇しなければ原告は右期間中二二万八、五八三円の収入を得ることができたものと考えられるので、右差額一七万一、〇八三円は本件事故による原告の損害として認容することができる。

(3)  〔証拠略〕によると、原告は大正一三年六月二〇日生れの健康な男子であつたこと、現在株式会社大嶽名古屋支店の倉庫番として、倉庫内の掃除、整頓のほか、時折スレート等材料をトラツクに積込むなどの軽作業に従事しているが、右作業をしないときは勤務時間内においても背腰部痛のため倉庫内で休息せざるをえないこと、しかも事故以前は一か月平均二三日間働いていたが、事故後は本件後遺障害のため一〇日前後しか働けなくなり、したがつて同会社から得られる賃金は月額平均三万〇、六〇五円にすぎないこと、もつとも勤務日数は昭和四九年のほうが昭和四八年の同時期に比較して若干増えており、現在は原告所有の軽四輪自動車を運転していることが認められ、これに反する証拠はない。以上の事実ならびに前記認定の原告の傷害の部位程度、後遺症の程度を総合すると、原告の労働能力喪失率は、症状固定時である昭和四八年八月二八日当時の原告の年令四九才から五九才までは平均五六パーセント、六〇才から原告の稼働可能年数の六三才までは平均三〇パーセントとみるのが相当である。そこで前記認定の事故前の収入を基礎として症状固定後の逸失利益をホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると七二三万六、六四〇円となる。

(1) 49才~59才

116,229×12×0.56×7.9449≒6,205,434(円)

(2) 59才~63才

116,229×12×0.3×(10.4094-7.9449)≒1,031,206(円)

6  慰藉料 金二六七万円

前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位程度、治療の経過、後遺症の内容程度その他諸般の事情を考えあわせると、原告の精神的苦痛に対する慰藉料額は二六七万円とするのが相当である。

7  以上合計すると金一、四〇〇万九、〇四二円となる。

四  過失相殺

被告らおよび補助参加人は原告がヘルメツトを着用せず命綱を使用しなかつたことを理由に過失相殺を主張するのでこの点について判断する。

〔証拠略〕によると、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場付近の概略は別添図面のとおりであるが、本件事故発生の現場は訴外富士建築が渡辺樹脂産業から請負い、更にその基礎工事等および足場関係を補助参加人ら四名で構成される組に下請させていた鉄骨二階建建物の新築工事現場であり、建築中の建物の周囲には建物の壁などにスレートを張り合わせる際に使用する足場が補助参加人によつて三段にわたつて組立てられ、これを支えるための控丸太が足場柱から斜めに東方約三・九米地点まで突出し、その先端は長さ約一米の角型杭に鉄線で縛りつけられていた。そして足場の最上段の地上からの高さは四・四米であつた。なお足場の構造は丸太を縛り合わせたものである。したがつて控丸太に衝撃が加わると足場は当然動揺するような構造であつた。

2  被告大口厚は、補助参加人から注文のあつた基礎工事用の割栗石(補助参加人は自ら同被告の父である被告大口昇の経営する大口建材店から約一〇年間にわたつて工事用材料を購入していた)を加害車に積載し、これを運転して本件空地に通ずる道路を南に向かつて進行し空地西側に至つたが、本件現場への材料の運搬ははじめてであつたので、別紙図面〈1〉の地点で停止し、工事現場の作業員に対し警音器を鳴らして材料を運搬してきたことを知らせたところ、補助参加人が工事現場から出て来て本件空地の出入口に張られていた車両止め用の鎖をはずし、被告大口厚に対し加害車を後退させながら空地内に進入させ建築中の建物の東側に栗石を降ろすよう指示したので、同〈2〉地点まで加害車を前進させたのち、運転席横の窓から顔を出したりなどして加害車後方の状況を確認しながら加害車を後退させ、その際加害車の右側後方に前記控丸太が突出ていたことに気付いた。そこでこれと接触しないようにするため右にハンドルを切りながら加害車を後退進行させていつたが、控丸太との接触を回避することができず、また補助参加人の指定する栗石置場にも至らなかつたので、同〈3〉の地点で加害車の後退を中止し、左にハンドルを切りながら一旦同〈4〉地点まで前進し、再び加害車を後退させはじめた。被告大口厚は加害車の左側後方の状況を自ら確認することができなかつたが、かねてからの取引先で顔見知りの補助参加人が空地出入口の鎖をはずしたのち〈イ〉地点に立つて加害車の方向を見ながら両手を挙げこれを前後に振る仕種をしたことおよび補助参加人が被告大口厚に対し本件現場以外の工事現場で加害車の誘導をしたことがあつたことから(補助参加人に対し格別誘導の依頼はしなかつた)、補助参加人が加害車の後退の誘導をしているものと軽信し漫然これを後退させつづけたところ、控丸太の約三〇糎手前まで至つたとき、補助参加人が大声で「ストツプ」と声をかけて加害車の後退を中止させる合図をしたので、ブレーキをかけたものの、間に合わず控丸太(高さ一ないし二米の部分)に加害車の左側後部を衝突させ、その際の足場の震動によつて、足場の最上段で建築中の建物の壁にスレートを張つていた原告を足場のうえから同〈ロ〉地点に墜落させた。なお被告大口厚および補助参加人はいずれも原告が足場のうえで作業していたことは認識していなかつた。

3  原告はスレートを張付ける際、移動するのに不便なため命綱を使用したことはほとんどなく、事故当時もこれを使用しておらず、また保護帽を着用していなかつた。なお原告は加害車が本件空地内に進入していたことに気付いていなかつた。以上の事実が認められ、〔証拠略〕に照らし採用することができない。他に右認定を覆するに足りる証拠はない。

ところで本件事故当時施行されていた旧労働安全衛生規則(昭和二二年労働省令第九号)第一一一条によると、使用者は、労働者をして高さ二米以上の箇所で墜落の危険のあるところにおいて作業を行わせる場合、墜落防止のため、足場を設けること、もしこれを設けることが著しく困難な場合は命綱等を使用させる義務を負い、労働者は、命綱の使用を命ぜられたときはこれを使用すべき義務を負つているが、右規則にいう「使用者」とは事業主として労働者を使用する者をいうものと解すべく、原告は本件建築工事を請負つた訴外富士建築との関係ではかかる使用者に該当せず、むしろ労働者に該当するものというべきであるから、右規定の直接の適用はないものというべきである。しかしながら、墜落の危険のある高所で作業を行う者労働者自身に対しても可能な限り右規定の精神は及ぼされるべきであるから、墜落の危険がある程度予想されかつ極めて危険な高度で作業するような事情がある場合には、右規定の定めるような措置ことに命綱を使用して墜落事故の発生を未然に防止すべき具体的注意義務が労働者にも課せられているものというべきである。ところで前記認定事実によると、本件事故は、補助参加人の前記態度などから補助参加人が加害車の後退の誘導をしているものと軽信して漫然加害車を後退させた被告大口厚の過失によつて発生したものであり、これが主たる原因であることは明らかである。かかる特別の事情がなければ、本件のような場合通常足場から墜落することは予想できず、かつ原告らの職業にとつて特に異常な高所における作業とも言えないのであるから、原告が本件事故の際命綱を使用していなかつたからといつて、これを原告に対する損害賠償額を定めるにつき斟酌することは相当でない。また原告が保護帽を着用していたとしても本件事故を回避し得なかつたことは明らかであるから、本件事故について保護帽を着用していなかつた原告に過失があつたとは認められない。したがつて被告らおよび補助参加人の過失相殺の主張は採用することができない。(なお付言するに、本件事故の発生については補助参加人にも、大口建材店との間のかねてからの取引に加えて補助参加人の前記まぎらわしい動静から、被告大口厚が、補助参加人が加害車の後退の誘導をしているものと軽信したものであつてそのため同被告をして後方の状況を確認せず加害車を後退させたものと認められるから、被告らと補助参加人の間においては、その過失の割合は被告らが八割、補助参加人がその二割とみるのが相当である)。

五  損害の填補 合計 金四六三万二、二一六円

原告が自賠責保険金三〇〇万円および国民健康保険金六四万九、八四〇円を受領したことならびに被告らから昭和四八年一月一五日までに九四万九、五四六円を受領したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、被告らは同年三月一六日三万二、八三〇円支払つたことが認められる。

よつて原告の前記損害額から右填補分を差引くと、残損害額は九三七万六、八二六円となる。

六  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は五〇万円とするのが相当であると認められる。

七  結論

よつて被告らは各自、原告に対し金九八七万六、八二六円およびうち弁護士費用を除く金九三七万六、八二六円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四七年三月二三日から、うち弁護士費用金五〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文但書、九三条一項本文、九四条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山武夫 打越康雄 安原浩)

別紙図面

〈省略〉

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